ねこねこふわふわな住職

真宗大谷派玄照寺 瓜生崇のブログです

回収になった本願寺新報の記事について

浄土真宗本願寺派から月に3回発行されている「本願寺新報」という教団紙があります。その新年号(2022年1月1日号)が発行中止になり、ある記事が他の記事に差し替えられ、再発行されました。早期に配布されていた所には回収の指示が入り、その内容については「他言無用でお願いします(回収に応じた寺院関係者談)」と言われたと聞いています。

この件について取材して記事化したのは、私の知る限り中外日報一社だけですが、その取材に対しても回収理由は伏せられています。おそらく、何が問題かも明確にならないままに、この事件は闇に消えてしまうのだろうなと思っていました。しかし遠い国の戦争の報道を聞き、誰かがどこかに書き残しておかないとならない気がして、ここに書きます。

私は知人を通じてこの回収の原因となった記事を入手しています。本当は全文引用したいところですが、著作権の問題もあるので、ダイジェストとなります。

なお、執筆者は本願寺派の重鎮と言われる布教使ですが、すでに回収された記事ですので、名前は伏せます。

記事のタイトルは「親鸞聖人にいまさずば 国の歴史にも影響を与えた聖人」。著者は「親鸞聖人がいらっしゃらなかったら(中略)この日本の国がどうなっていたか、私なりに思いをめぐらしてみました」と前置きし、ローマ・カトリックが、スペインやポルトガルの自国領土の拡大や、異教徒の奴隷化を求めて伝道を開始したこと。その宣教師が戦国時代に日本に来たが、一般大衆に教化がうまくいかなかったとし、その原因を「浄土真宗の教えが広まっていたから」と論じてます。

また、その宣教師の布教に一般庶民である念仏者が「キリスト教に改宗したら天国に生まれると言 われるが、天国に生まれても神のしもべではないか。私たち念仏の 世界はだれでもが仏になれる」と反論したともいわれます。「後に何万人もの日本の若者が奴隷として売られることも発覚し、キリスト教は禁止されますが、親鸞聖人がいらっしゃらなかったら、もちろん浄土真宗の教えもなく、もっと大衆の中にキリスト教がひろがり、宣教師の次には商人がやって来て、その次には軍隊がやって来て、あっという間に植民地になっていたかもしれません。

次に著者は、ヨーロッパにおいて、プロテスタントから資本主義が生まれ、それが世界を制覇した。しかし日本では浄土真宗においてお金儲けは肯定され、明治までに市場経済の基礎が出来ていたとし、だからこそ著者は、浄土真宗のおかげで明治維新時に日本は西洋の植民地にならなかったのだと結論づけます。

親鸞聖人がいらっしゃらなかったら日本はどうなっていたのか。おそらく宣教師のスムーズなキリスト教の教化や経済基盤の未熟さによって、西洋の植民地になっていたかもしれない…と私は思うのです。

つまりは、西洋の覇権主義から浄土真宗は二度も日本を守ったのだと言いたいわけです。

この記事の問題点として上げられるのはおおかた以下のようなものでしょう。

一つは、歴史は重層的であり、常に複数の要因が絡まり合って作られることを無視した、夜郎自大な歴史感。日本においてキリスト教の布教が低調であったとして、その主因が浄土真宗の広まりにあったとする著者の主張は、あまりに根拠がなさすぎて話になりません。当時の日本人の大半が浄土真宗の信者であったわけでもありませんし。

浄土真宗門徒衆によって資本主義に近いものが大阪に生まれていたことも一面では事実でしょうが、それが西洋の植民地化を防いだ主因かと言われたら、そうとは言えないでしょう。つまり、どちらも根拠がなさすぎるし、僅かな要因に過ぎないものを過大評価しすぎです。

二つには、キリスト教に対する差別意識です。彼らの布教がすべて植民地化の尖兵であるかのように書かれることも問題ですが、彼らの宗教的論理より浄土真宗のそれが優越していたから、カトリックの浸透を防げたのだと言わんばかりのこの記事は、自らが批判したカトリックが持っていた優越感や差別性と同様の問題が、自らにもまた存在していることを証しているようなものです。

具体的に言いましょう。浄土真宗は権力に寄り添い、日清日露戦争を契機に戦争にも協力。日本の侵略行為の尖兵として、支配地域に巨大な別院を建て布教を行っています。つまりローマ・カトリックが宣教した地域の土着信仰に対して、それに優越するキリスト教を教えて救ってやろうと意気込んでやった行為を、自分たちもほぼ同じ意識において行ったのです。

キリスト教が進出した土地でその信仰が残った地域は枚挙に暇ありませんが、浄土真宗が日本の帝国主義と共に進出した地域に、その信仰は全くと言っていいほど残っていません。別院や寺院はあらかた破壊され、残ったものも植民地支配の負の歴史のシンボルとなっています。

著者の論理を使えば、日本が戦争に邁進し、アジアの人たちを苦しめ、悲惨な敗戦を迎えた主因も親鸞聖人と浄土真宗にあったとも言えてしまうでしょう。

私がまだ親鸞会の講師だった頃、古本屋で「国民の歴史」という本を見つけて買い、無我夢中で読みました。著者の西尾幹二は私の大学時代のドイツ語の先生でした。この本の内容は、一言で言えば自分の国のアイディンティティや歴史に誇りを持とう、という視点での歴史観の再構築です。

私は少年時代に広島に住んでいて、原爆の学習においてその責が日本の帝国主義ばかりに負わせられ、アメリカへの批判がないこと、常に日本が悪者として語られることに疑問を持っていました。だからこそ、当時の私にとってこの本は新鮮で、人を酔わせる魅力を持った論でした。

ところが、国力の衰退とともにこうした「日本は実はすごい」的な本が大量に出てきて、百田尚樹櫻井よしこといった論者が中心となり、それが書店の書棚を覆い尽くすようになってきました。今はその主戦場はYoutubeなどに移っているようですが、いずれにしても、日本という国の中でしか通用しないような閉じた歴史観であり、その外の人には全く通らない「誇り」でしか無くなってしまいました。

私は思います。浄土真宗も全くかつての勢いを失ってしまいました。外に向かって布教しなければと声を上げる人はいても、結局の所、寺や教団の中という守られた世界の中でしか伝道は出来ません。だから伝道布教と言ったところで、その限られたパイの中で、如何にして人気を獲得して呼ばれる布教使になるかに、しのぎを削っているのが現状です。

だから、狭い世界の中でしか通用しない我田引水な歴史観で、「浄土真宗すげー」みたいな話をして、それを省みるための論理を失ってしまったのです。こんなもの、その閉じたサークルから一歩外に出たらドン引きされるのはわかりきっています。でも、その現実が見えないのです。もう見えないところでしか生きていけないのです。

本願寺派が具体的に何を問題として回収に動いたのかはわかりませんが、多額な費用と手間を顧みずにその決断をしたのは、誠に賢明な判断だったと思います。しかしできればその経緯を公開し、今後の反省の材料として、多くの人とともに考えていきたいものです。こうした話をする布教使は、この著者にとどまらないと聞いていますので。