ねこねこふわふわな住職

真宗大谷派玄照寺 瓜生崇のブログです

旧統一教会(家庭連合)、東京高裁の解散命令から考えたこと

2026年3月4日、東京高裁は地裁での判断を支持し、旧統一教会(家庭連合)に解散命令を出した。

私は昨年、半年かけて現役の二世信者たちや、旧統一教会の幹部にインタビューをして、「統一教会・現役二世信者たちの声」という本を出した。執筆後も緩やかに彼らとは繋がっていたので、清算人が各地の教会に入り信者を退去させている状況を聞くと、やはり胸が痛む。昨日は仕事で北九州に行っていたのだが、現役信者、脱会者、記者などとメールや電話でやりとりをして、それだけでほとんど一日が過ぎてしまった。

高裁の判断は、簡単に言えば彼らがコンプライアンス宣言後に、あるいは安倍元首相銃撃事件の後に行った改革は解散逃れのためのものであって、根本的な教団の体質は変わってないのだから、これ以上の被害拡大を防ぐには教団の解散はやむを得ないというものだった。

私は…教団の中でも自分たちは抜本的に変わらなければならないと考えて、必要な対策を真剣に考え、再発を防止するための構造的な改革に取り組んでいた人たちを知っている。それが十分であったかどうかはともかく。自浄能力が全くないかといわれたら、そんなことはないと感じる。

しかし、やはりそこには決定的なものが欠けていて、そのことは彼らの声を直接に聞いて、ある程度彼らの立場に立って考えることのできた自分でもはっきりわかった。もちろん、高裁判断でもそのことは触れられている。

つまり、自分たちは確実に悪いことをしたのであり、それによって現実に苦しんだ人たちがいたという事実を、彼らはどうしても認めることができなかった。被害者に返金することはあっても、苦しんだ人たちに心から謝罪することができなかった。

形だけでもそれができたのは去年の12月であり、事件からおおよそ3年半が経っていた。流石に、遅すぎたと思うし、いささか打算的でもあった。

もちろん、個人個人の信者と対話したら、苦しみを与えた人たちに謝りたいと、真摯に言う人はいた。でもそれが全体の意思になるには時間がかかりすぎた。

事件後に彼らが訴えたのは、謝罪よりむしろ、自分たちは悪くないというアピールだった。

彼らは脱会して教団を訴えた人たちを、背教者と言った。

教団から受けた苦しみを証言した人を、SNSなどで攻撃した。その証言には事実より過大な部分がもしかしたらあったのかも知れない。でも、決してやっていいことではなかった。

教団の問題性を追求していたジャーナリストや弁護士を訴訟し続けた。私もそれらの人たちの態度や、報道の正確性に疑問を持つこともないではなかった。でも、そんなことをしてなにかいいことが一つでもあっただろうか。

信者たちで大量のSNSアカウントを作り、教団を批判する人たちをサヨクとか共産主義者とレッテルを貼り続けた。

若い二世信者を街頭に立たせ、また様々な寺や伝統的なキリスト教の教会などを周り、あるいはシンポジウムなどをひらいて、信教の自由を訴えた。しかし、今回の解散請求はあくまで法人に対して出されているもので、信教の自由の問題ではないことは、よく考えればわかることだった。

脱会した人は拉致監禁されて強制的に棄教させられた人で、それらの人たちが弁護士などにそそのかされて教団を訴えたのだとした。そういう人もいたかも知れないが、そんな人ばかりではないことを知ろうとしなかった。

そうした活動は内向きには彼らの結束を高める効果はあったかも知れない。しかし外に向かってその声はほとんど届かなかったといっていい。そんなことは彼らだって薄々感じていたと思うが、始めてしまった以上、やめられなかったのだろう。

彼らは一貫して自分たちは被害者だと訴え続けた。私はそういう彼らの訴えに同情する思いも少しある。確かにマスコミの反応は過剰だったと思うし、嵐のようなバッシングは見ていて辛かった。自民党はあっさりと彼らを見捨て、学校や職場で差別される信者も出てきたが、世間がそうした彼らの苦しみに目を向けることはなかった。

しかし、それでもなお、私は思う。彼らが本当にやらなければならないことは、被害者になることではなく、加害者として自分たちの過去の過ちを真摯に見つめて、苦しんだ人たちに謝罪することだった。返金ももちろん大事だが、過ちを認めて謝罪することが必要だった。

それがどうしてもできなかったのだ。それがどんなに難しいことかは私もわかる。ある幹部は「瓜生さんの言いたいことはわかるが、私たちはいま裁判で闘っている。それは無理なんです」といった。でも本当に謝ることができたら、たとえ裁判で負けたとしても、教団にとっては決してマイナスにはならないし、かえって彼らの再生を後押ししたと思う。

謝罪すべきだと考えている人だっていた。しかし全体としてはその流れにはならなかった。内心、それを認めたら自分たちの信仰そのものが崩壊してしまう、といった危機感もあったのかも知れない。それはとても勇気の必要なことだから。

別に表向きだけでもいい、打算的でもいい、謝罪するべきだった。そうやってしっかりとした態度を外に出して動いていれば、いずれは組織のマインドもそうなっていくものだから。

そういえば、私のいる真宗大谷派だって、戦争に協力したことへの反省を表明できたのは戦後半世紀経ってからだった。彼らに与えられた時間はあまりに短かったのだろうか。

文鮮明は晩年、教団組織の解体を望んでいたと聞く。どこまで本気だったのかはわからないが、一つ一つの家庭に信仰が伝えられていけば、教団はいらないのだと考えていたらしい。自分が作り上げ巨大な集金組織になった教団に、複雑な思いを抱いていた、くらいのことはあってもおかしくはない。

教団がどうなるのか、天地正教に移行するのか、あるいは任意団体として存続するのか、それはわからない。

信徒にとってはあまりに大きな出来事だろし、軽々しくは言えないことだが、本来の宗教や教団がどうあるべきかを考えるまたとない機会でもあるとおもう。これから、家庭連合の人たちが、どのような道を歩むのか、見届けていきたい。