ねこねこふわふわな住職

真宗大谷派玄照寺 瓜生崇のブログです

「はてな」と私

「うりゅーさん、はてな、受けてみたら?」

取引先の会社の役員と雑談していたら、そんな話になった。

当時「はてな」はウェブ業界では話題のイケてる企業で、創業者の近藤淳也とか非常勤取締役の梅田望夫なんかはよくメディアを賑わしていた。そのはてなが、京都に移転する。それで人材を探しているのだとその役員は言う。

私は当時、京都の印刷会社でウェブ制作をしていた。その印刷会社は当時急成長しており、巨大な工場に最新のハイデルベルグオフセット印刷機が昼夜を問わず回り続け、莫大な利益を上げていた。私のいたウェブ制作部門は印刷に付随するウェブの仕事をもらって、コバンザメのようにひっそりと会社の片隅で生息していた。私達は出社のたびにそのハイデルベルグ印刷機に敬礼することが求められ、お前らは印刷の利益で食わせてもらっているのだと事あるごとに上司に言われていて、それが嫌だった。

それでも部署の人員は10人程度はいたのでそんな小さくもない。営業にひっついてシコシコと仕事を取り続け、それなりに有名な企業の案件を手掛けたりして、技術的にも最新のトレンドを地道に学んでいた。当時はAjaxがようやく普及し始めた頃で、私は社内で使うAjaxライブラリを作って、クライアントのサイトに仕込んだりしていたわけで、最先端とは言わないけど、それなりのことはしていたのだった。

「いやあ、私なんて採用されませんって」

「いや、うりゅーさんならたぶん大丈夫だよ。僕が紹介するから」

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はてなという会社をはじめて聞いたのは、京都リサーチパークの中の会社で働いていたときで、そこでは同じパーク内での会社として「はてな」と「まぐまぐ」が当時注目株の成長企業だったのだけど、いまいち何しているところかわかってなかった。その後はてなは東京に移転したのだが、このたび京都に戻ってくるというのだ。

でも、自分の技術ではとてもこんな会社無理だなぁと思った。自分にとってはてなはイケイケのテック企業で、Tシャツにジーンズの若者がスタバのコーヒーもって出社して、MacBookでコード打ってるイメージ。一方うちの会社は印刷屋にひっついたウェブ部門。管理職は背広にネクタイで下っ端はダサい制服。工場建屋の奥地にデスクがあり、昼にはみんなで社員食堂にいってメンチカツ定食を食べるのだ。いいな。かっこいいな、はてな

まあでも、会社に帰って何気なしにはてなを検索してみると、当時の主要サービスは「はてなアンテナ」と「はてなブックマーク」と「人力検索はてな」と「はてなダイアリー」。そうついていけない感じもしない。なんかサーバーを自作している記事も出てきて、思ったよりずっと牧歌的である。自分もまだ若かったし、京都の色んな会社と仕事もしてきた。行けば出来る仕事もあるのかなとぼんやり眺めていた。

でも安定した大きな会社でそれなりにお給料ももらっていて、ちいさい子どももいる。いまさらこんな小さい零細企業に入ったらどうなるんだろうか。いやその前に、やっぱり僕なんて採用されないよなぁ…大学中退だし、この人ら京大とか書いてるじゃん。

なんてうだうだ思っているうちに、決定的なものを見つけてしまった。会社のキャラが「しなもん」という犬なのだった。私は自我が芽生えてから今に至るまで完全無欠のネコ派で、犬はとても怖い。こんなのが会社に居たら仕事できなくなると思って、忘れることにした。

それからしばらくして、私は「安定した大きな会社」を突然クビになった。その後は転がり続ける人生でいまはなぜか住職。あのとき「紹介するよ」といわれて応じていたら、どうなっていたかな。

2008年くらいの話です。